映画『ウリハッキョ』を観て、考える 昭島市議会議員 おおたけ貴恵(たかえ)
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2008 年 5 月 3 日     カテゴリ:活動報告
映画『ウリハッキョ』を観て、考える
〜ブレヒトの芝居小屋の憲法集会に参加して〜
 今日は61年前日本国憲法が施行された憲法記念日です。各地で憲法集会が開催されていました。
 
 私は、ブレヒトの芝居小屋での長編ドキュメンタリー『ウリハッキョ』を観て、考える集会に参加しました。昨年は、映画『日本の青空』で日本国憲法は、日本人が作ったものであると実感しました。そして、今年、外国人の人権と日本国憲法、戦後日本国憲法制定で民主主義に浮かれていた日本人とは別に枠外におかれた在日朝鮮人のことを知らないかったことに、私は身が震えました。
 
 『ウリハッキョ』は、朝鮮語で“私たちの学校”という意味。北海道の朝鮮初中高級学校を韓国の金明俊(キム・ミョンジュン)監督が3年5ヶ月、寄宿舎に寝泊り、追いかけたドキュメンタリー映画です。
 
 最初、入学式の様子が映し出されます。すべての学年がいっしょの入学式。担任の発表で、子どもたちが歓声を上げます。朝鮮学校の教員と生徒は、信頼関係があり、お互いが学びあっています。非常に暖かい教師の目、そして子どもたちの目は、生き生きとし、純粋です。以前日本の教育にも存在したであろう教育本来の姿が浮き彫りにされていました。子どもたちは、学校の中で、あるがままでいい、自己肯定感を持ち、他人への思いやり、人と人との絆、そして国を愛する心も持っています。今の日本の教育のカタチばかりこだわり、子どもを型にはめようとする学校教育とは、大違いです。
 
 日本は、皇民化政策で、在日朝鮮人の名前を奪い、さまざまな弾圧をしてきました。戦後在日朝鮮人たちは、子どもたちがいずれ祖国へ帰えったとき、祖国が統一されたときのために母国のことをわすれないよう学校を作りました。しかし戦後の日本は、戦前してきたことを忘れたかのように1948年森戸文部大臣は通達で、在日朝鮮人の子どもは、日本の学校教育へ組み込もうとし、朝鮮学校は閉鎖に。1952年のサンフランシスコ講和条約で、今度は日本国籍を奪われます。

 未だ朝鮮学校は一般的な小学校や中学校や高校とは認められず、自動車学校や各種専門学校と同等の扱いをされています。日本の私立学校には出る補助金がないのです。
 
 私は、普段”子どもの人権”を議会で声高に言っています。しかし、在日朝鮮人の子どもたちのことを忘れてはいなかったか?あまりに歴史認識が薄かったことを『ウリハッキョ』を観て、考えさせられました。

 ぜひ機会あれば、皆さんもご覧下さい。



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